泉鏡花関連の講演会ふたつ

昨日は能楽美術館で「泉鏡花と能」という講演を聞き、今日は泉鏡花記念館で「画博堂の一夜 伝説の怪談会と鏡花・英朋」を聞きました。どちらも東雅夫さんが講師です。波津さんとの対談をふくめて、短い間に三回もお話を聞いたことになりますが、とても面白かったです。今日は、最終日の「薬師寺展」にも行ってきました。

金沢市の博物館の企画がこのごろ面白いです。学芸員さんが連携していろいろ企画を練ってるみたい。最近気が付いて、できるだけ参加するようにしています。

以下、メモをもとに覚えていることを書いておきます。

 

幻想の美学ー能を愛した作家たち 第一回「泉鏡花と能」

講師:東雅夫さん at 金沢能楽美術館

自分の専門は幻想文学で、能にくわしいわけではない。それなのに、なぜ能の世界にのめりこんだのか。ひとつには、能の主人公が幽霊か妖怪か神様で、この世ならぬ世界が舞台の、幻想文学と共通のものがあるから。そしてまた、2011年の大震災の時に、いろいろなところで痛感したことだけれど、怪談は何のためにあるのかというと、慰霊や鎮魂のためにあるのだということ。異界に思いをはせて、死者を思うためにある。怪談話が夏の風物詩なのは、お盆の時期だから。盆踊りも花火も、もとは使者が現世につかのま帰ってくるのを迎えるためにある。怪談話が繰り返されるのは、死に際しての苦しみや悲しみを体験して、ぞっとしてみにつまされて、死者と思いをともにする、鎮魂のためにある。

能も元はそういうことから始まった。戦国時代、常に人の生死と隣り合わせだった戦国の武将たちが、舞台上に現れる死者の霊とともに、どのように死んでいったのかを音楽と舞で再現する。舞台上では成仏したりしなかったりするけれど、ひととき死者を思う。

さて、日本の幻想文学は能の影響を受けている。ということをはっきり言った人はまだいない。泉鏡花はもちろん、漱石、谷崎、三島など、文豪たちも能を学んで能にのめりこんでいた。変わったところでは夢野久作や、最近では桜庭さんの「無花果とムーン」など。(桜庭さんについては、雑誌『幽』次号に掲載予定。)

幻想文学が近代に生まれたのは、明治20年以降で、幸田露伴の「対髑髏」が小説での最初の幻想文学。明治維新後の文明開化の世の中で、江戸の文化や作品が時代遅れのように思われ、西洋の文化、思想、美術がもてはやされていた。古いものがうちすてられて、能も危機的状況だった。その反動が明治の中ごろにくる。文学も同じで、新しい文学をどう生み出すか試行錯誤がくりかえされていた時期。坪内逍遥の「小説神髄」が新しい小説の道筋を示し、それに影響をうけた二葉亭四迷が、円朝の高座の速記本を参考に、言文一致の小説を書き、近代小説を書いた。そうして明治20年代に新しい小説が生まれる。

幸田露伴の「対髑髏」と、北村透谷の長編詩「蓬莱曲」には共通点がある。(それぞれのあらすじの紹介)どちらも旅人が山中で、怪しの者に出会う。夢幻能とよく似ている。 どうして夢幻能をモチーフにしているのか?これは想像だけれども、当時、小説というものがよくわかっていなかったので、夢幻能のスタイルがよりどころになっていたんじゃないか。お守りや護符のような。想像力を支えるバックボーンとして能のモチーフを使ったのではないか。

鏡花の作品では、「高野聖」がこの系譜の作品。深山のひとつ家に妖しい美女がいて、誘惑されそうになるが無事に下山する。似た作品がいくつかある。

鏡花は金沢の能楽師の家の出である。父親は彫金師。母方は大鼓の家の人。(鏡花の家の系図の説明。文学的素養のある人物が何人かいる。)鏡花の文学的源泉には、母の存在がある。それは能楽師の家の出身であることと、早くに亡くなったこと。鏡花は上京したあと、親戚の能楽師と出会い、行動をともにしたことを、エッセイに書いたりもしている。鏡花は作家になる前から能楽に親しみ、能の世界にあこがれていた。

鏡花は金沢にいる頃から、尾崎紅葉に心酔し入門したがっていたが、書面で弟子入りを願い出たが返事をもらえず、17歳で上京して、一年間放浪してから紅葉の門をたたき入門を許された。そして玄関番などをしながら修行した。紅葉はお化けの話はそんなに好きではなかったが、鏡花はお化け好きだった。300近くある鏡花作品のうち200以上に、超自然的なもの、お化けが出てくる。

能や狂言の知識が特に作品に現れているのは次のとおり。(プリントで作品を参照しながら説明) 「歌行燈」「朝湯」「木の子説法」「白金」「五代力」「卵塔場の天女」能の演目の影響を受けたものがある。鏡花は自然主義の時代にも、お化けの話を書いていた。晩年までお化けを書き続けた。その原点には能の世界が、生まれたときから鏡花の中に能の世界があったのだろう。 (作品紹介の部分を書いてないので、最後駆け足ですがここが一番大事なところ。)

詳細はこちらをご覧ください。↓

  7月1日発売の「幽」は能の特集です。ttp://p.twipple.jp/OSjrZ

泉鏡花と能については、『幻想文学』第35号「鏡花夢幻手帖」も参照のこと。

 あ、講演内容とは関係ないですが、あまの話で思ったこと。

鏡花が参考にした演目に「海士(あま)」というのがあって、藤原なにがし が、竜宮にある宝を得るために身分をかくして海士と契りをかわして、海士は身を犠牲にして宝を得ます。そのときの子供が世継ぎになり、母の消息をたずねて 海に来て、海士の話を聞きます。能の舞台では海士が供養され、法華経の功徳で成仏できたと喜び舞をまいます。という話がありました。

こ のときにNHKで 「あまちゃん」やってますね。という一言があったんだけれど、朝ドラでなんで今、海女なのかな?と思っていたけれど、異界と現世をつなぐ役割があるのかな と思う。毎日ドラマのタイトルバックに穏やかな海が映るけれど、それを見るたび記憶に残るあの日の映像を少しづつ上書きしてる気がする。天野家の海女たち が、これからどんなふうに動くのか予想もつかないけれど、東京編直前の「夏ばっぱは海にいるよ。」の一言だけで、もうちょっと泣きそうな感じ。あそこのア キの姿が少しだけスローになってる場面ってこの先また出てくるだろうなと思う。

 

「画博堂の一夜 伝説の怪談会と鏡花・英朋」at 泉鏡花記念館

これは、今、泉鏡花記念館に展示してある鰭崎英朋の幽霊の掛け軸が、画博堂で行われた怪談会のときに飾られていたもので、題名が「襖越し」だということが、新しい資料発見で確認できたということが主なトピックでした。明治大正の頃に、文化人が集まって怪談会をするのがはやったそうです。この画博堂の怪談会では、ある事件があってのちのちまで語られることになったそうです。画博堂の一夜について書かれたものは、いろいろあります。内容については触れないのがお約束だとか。ネットで検索すると見つかりますが、自己責任でお読みくださいとのこと。

『幻月楼奇譚』ってこのあたりが、発想のもとになってるのかな?って思いました。でも現実はお話みたいに起承転結に収まらなくて、曖昧な人々の記憶を集めてゆっくりと事実を拾っていくしかないんだなと思いました。

おばけずき 鏡花怪異小品集 (平凡社ライブラリー)

 

薬師寺展は、会場で解説をされているお坊さんの語りがとても上手でした。今日は最終日だったので、ロビーに人を集めて一番の見どころを伝えて、人の流れをある程度コントロールして、カタログの販促もカンペキ。(今日はめったにお目にかかれない薬師寺の管主さまがおいでになってて、カタログに署名してくださるという日でした。長蛇の列ができていました。)国宝の二点をゆっくり見てきました。